旅行先できれいな景色を前にしても、休日や誕生日にも、あなたは心から楽しめない。楽しんだあとに、あなたの中に罪悪感が湧き、幸せなときほど不安になる。こうした状態は、幸せ恐怖症とも呼ばれています。
その罪悪感は、あなたが育つ中で、知らないうちに身につけた「自分だけが楽しんではいけない」という筋書きから来ているのかもしれません。自分で決めた覚えがないので、あなたには気づけず、打ち消そうとしても消えません。
もし、あなたのこの体と人生が、神様が楽しむために用意した器だとしたら、どうでしょう。楽しむこと、幸せを実感することは善いことになり、幸せを止める罪悪感のほうが、むしろ悪になります。
始まりは、自分自身で幸せを創造することです。お釈迦様は、物事は心によって作り出されると説きました。幸せな心が、幸せを創る。だから、楽しんでいいと誰かに許されるのを待つより、あなた自身が、あなたの心を、いま幸せな心にしていく。身につけた筋書きを、創る側として、自分で書き直していくのです。
あなたの幸せは、周りの人に伝わり、人から人へ広がっていきます。できるだけ多くの人が幸せに生きられる、最大多数の最大幸福。そこへ向かう道の深い面白さを味わううちに、あなたの罪悪感は、頑固な油汚れを落とすように少しずつ落ち、楽しむときは思いきり楽しめるようになります。
閉じていた心が開くと、運も開く。これが開運です。人が、自分で幸せを創り、その幸せが広がる中で運も開いていく。この在り方を、開運祈願と呼んでいます。そうして充実していく日々を、神様もきっと喜んでくれる。その「きっと喜んでくれる」と思える気持ちこそが、神様の望みだとしたら、どうでしょう。
あなたが、心から楽しめない毎日から解放されることは、受け継がれてきた「楽しんではいけない」という筋書きを、あなたのところで終わらせることでもあるのかもしれません。
みんなを幸せにして、自分も幸せになる生き方
動画でお話しした続きは、下のリンクに書き記しています。